アークスになってから1週間がたった。
おねーちゃんにいろんなところに連れてってもらったり、ルクスくんに叱られたり、いろんなことがあった。
その日、アタシはショップエリアを歩き回っていた。
買い物とか、ゼノさんとお話したりとか、他のアークスからお話聞いたりとかしてるのだ。
遊んでるわけじゃない遊んでるわけじゃないんだってば……。
そうやっていたら、目の前にこの間の……シオンさんが現れた。
なんだか、この人は唐突に表れる。なんなんだろう、一体……。
「……シオンさん? えっと、アタシに何か用……?」
「あなたに伝えるべきことがある。
それは、一つの揺らぎである」
シオンさんが話し始める。
「因果が収束を見せている。一つの事象を生み出しつつある。
その手でつかめるほどに……それはおそらく運命という概念への冒涜である。
しかし、それこそがわたしとわたしたちが渇望し切望したことである」
難しい本でしか見た覚えがないような(いや、今まで見たことも聞いたこともないかもしれない)単語が並べられて、アタシの頭の中はグルグルしてくる。
うー、難しい……
「……私は謝罪する。曖昧な言葉ではあなたたちに伝わり難いことを理解せず、失念していた」
「え、えっ? い、いきなり謝られても困るわよぅ……?」
「思考を修正し、伝える。これは、私からあなたたちへの依頼である。
……惑星ナベリウスに向かってほしい」
「……ナベリウスに、なにかがあるの?」
アタシは恐る恐る尋ねる。シオンさんは首を横に振った。
「理由は答えない。答えられない。答えはあなたの未来にのみ存在する。
わたしは観測するのみ。観測しか、できない……」
シオンさんはそう言って、目の前から消えてしまう。
……ナベリウス。
理由が教えてもらえないなら、行けばわかるのかしら……?
……行ってみよう。
アタシはゲートエリアに向かった。
何があるかわからないけれど、行ってみないと……
『運命は、変化する』
シオンさんの声が、聞こえた気がした。
「……い、おい、相棒! どうしたんだよ、ぼーっとして!」
アフィンくんの声が聞こえる。
アタシはふと顔を上げる。
青い空に、いっぱいの緑が視界に飛び込む。
隣を見ると、そこには不思議そうな顔をしたアフィンくんが立っていた。
あれ、おかしいな、アタシ、ひとりでナベリウスに来たつもりだったんだけど……?
「あ、えっと、ぼーっとしてた、かな……?」
「してるように見えたけど……はっはーん、わかったぜ。修了任務だしな、緊張してるんだろ?
わかるわかる、すげーよくわかるよ」
アフィンくんはそう言ってうんうんと納得したようにうなずく。
……ん? 修了任務……? 修了任務なんて、一週間前に終わったけど……
なんか、わけがわからなくて混乱してきた……
――……たすけて――
いきなり、どこからか声が響く。
この声! 修了任務の時にかすかに聞こえた声だ。
通信が来たわけじゃない、だとしたら、どこから……?
アタシはゆっくりと先へ歩いていく。
「な、基本的な動きとか練習してみようぜ……って、おい! 待てって、おれを置いていくなよー!」
アフィンくんが慌てて追いかけてくる。
アタシはただ、声の聞こえるほうへ走った。行かなきゃいけないような気がしたから。
たぶん、今いる場所は、時間は、あの時の修了任務その時なのだろう。
だとしたら、今から起きることは『あの時』と同じなんだろうか……いや、でもさっきの声はあの時聞こえなかったものだ。
あの時とは違う出来事が、今この場所にはある。全部がぜんぶ、同じじゃないんだろう。
一度読んだ本をもう一度読むようなものじゃない。多分、これは……今アタシがすべきことは間違い探し、なのかもしれない。
走り、開けたところに出る。
『前』は、たしか……アタシは通信機を耳に当てる。
「あー、もう……って、今度は通信気にして、なんなんだよ」
「あ、えっと、ちょっと気になることがあって……」
いきなり、通信機からサイレン音がなる。
通信機を耳に当てていたせいで思わずびっくりしてしまう。心の準備はしてたつもりなのに。
『管制よりアークス各員へ緊急連絡! 惑星ナベリウスにてコードD発令!
……空間浸食を観測、出現します!』
『あの時』と同じ通信。
そして、あの時と同じように目の前にダーカーが沸いて出てくる。
『全アークスへ通達!
最優先命令コードによる、ダーカーへの厳戒令が下されました!』
「こいつらが、ダーカー!? なんで……ナベリウスにはいないはずじゃ!」
「でも、出たんなら倒さないと……っ、え?」
――……たすけて――
また、あの声が聞こえた。
周りを見渡すと、横道の草むらの向こうに道があるのがわかった。
もしかして、あの向こうにいる……?
「お、おい相棒! どこ見てるんだよ、目の前のこいつら何とかするんだろっ!
そっちが気になるんならこいつら片づけてからにしようぜ!」
「あ、う、うん!」
アタシはライフルを構える。
前とは違う、戦い方は少しはわかっている。
ダーカーのコアを狙い撃ち、確実に倒していく。
アタシとアフィンくんで、なんとかダーカーを蹴散らす。
「な、何とかなった……」
「ふー……これ以上は沸いてこないかしらね」
「……ところで相棒、さっきからあっち気にしてたけど、何かあるのか?」
アフィンくんが横道を指さして言う。
んー、黙ってることでもないかしらね……。
「えっと……誰かの声が聞こえたの、あっちの方から」
「え、このへんに人がいるってことか? ダーカーも出てんのに……どうする、行ってみるか?」
「む……」
前と同じようで、前とはちがう出来事。まるで間違い探し。
……この先に進んだら、きっとこの後の出来事が変わるんだろう。
でも、何が起きるんだろう……
……行ってみないとわからない、かな。
「……行ってみるわ」
アフィンくんと、森林の奥へと進む。
森林にはダーカーがいっぱいいた。隠れつつ、倒しつつ奥へと進む。
「本当にこっちのほうなのか相棒……」
「た、たぶんこっち……あれ? アフィンくん、あそこっ!」
大きな木がそびえる、開けた場所に出てきた。
その木の根元に、誰かがいる……倒れていた。
白い服に、白い髪の子。アタシはすぐにその子に駆け寄る。
つらそうに肩で息をしている。意識はあるようだ。
「大丈夫なのか、その子? 何でこんなとこにいるのかわかんないんだけど……アークスって感じでもないよな」
「うん……連れて帰れないかしら」
「確かに、放っておくわけにもいかないし……あ、通信」
アフィンくんが通信機を耳に当てる。
アタシも通信を聞いてみると、ダーカーがいなくなったから安全確認して帰還してくださいという内容だった。
「よかったあ、ちょうどダーカーも引っ込んだか……」
「とりあえずは安心、みたいね」
「だな。……正直、その子のことはよくわかんねーけど、そういうことは頭のいい奴らが考えてくれるだろ。とりあえず帰還しようぜ、相棒」
うん、とアタシはうなずいた。
アークスシップに戻ったアタシたちは、ナベリウスで出会ったあの子をメディカルセンターに預けてきた。
アフィンくんは修了任務の結果がどうなるのかと気にしてはいたが、心配はしていないようだった。
少し話をした後、アフィンくんはロビーを歩いてくるから、と立ち去って行ってしまった。
アフィンくんを見送った直後、通信が入る。
誰だろ、アタシは通信機を耳に当てる。
『シャルさんですか? 私、メディカルセンターのフィリアと申します。
貴方がナベリウスで保護した女性が、つい先ほど目を覚ましました』
「えっ、本当ですか?」
実はわからない単語があったけど、さっきの人が目を覚ましたっていうのはわかった。
無事だったんだ、よかった。
『それで、あの……一度、メディカルセンターに来て頂けますか?』
「え? あ、はい……?」
アタシは、メディカルセンターに向かう。
メディカルセンターの前には、長い桃色の髪の人……多分、さっき通信をくれたフィリアさんだろう……と、さっきの子が立っていた。
アタシがそちらに歩いていくと、桃色の髪の人がこちらに気づく。
「あ、シャルさんですね。お待ちしていました」
「えっと、アタシになにか用ですか……?」
「はい、保護された子なんですが、ほとんどしゃべることもなくて……」
フィリアさんが、視線をその子のほうにむける。
その子は不安そうにうつむいていたが、こちらに気づいて顔を上げた。
「……シャル……」
「……え?」
「あら、名前教えてたんですか?」
フィリアさんが尋ねてくるが、アタシはぶんぶんと首を横に振る。
教えてないわよ、メディカルセンターに預けるまで目を覚まさなかったんだし。
この子に会ったのも、さっきが初めてだ。なんで、アタシの名前……?
「……頭の中に、聞こえてきた。私は……マトイ」
「マトイ……マトイちゃん……って、いうの?」
アタシが恐る恐る聞くと、マトイちゃんはこくんとうなずき、またうつむいてしまった。
フィリアさんは端末で何かを調べるが、困ったように肩を落とした。
「うーん、データベースとの一致はなし……アークス内に登録情報はありませんね。
どこかの星の原生民……いや、でも生体パターンはアークスみたいだったのに……。
ねえ、マトイちゃん。あなた、どこから来たのかしら? どうしてあの星にいたの?」
フィリアさんが優しくマトイちゃんに問いかける。
だが、マトイちゃんは困ったようにアタシの後ろに隠れてしまう。
予想してなかったことに、アタシはつい慌ててしまう。ち、近い近い! こんなに人が近くに来たこと、あんまりない!
「わ、マトイちゃん!?」
「う……」
「ああっと、怖がらせちゃった!? ごめんなさい、他意はないのっ」
フィリアさんは慌ててマトイちゃんに謝るけれど、マトイちゃんはアタシの後ろに隠れたままだ。
うう、動けないわよぅ……固まっていると、フィリアさんは苦笑いしていた。
「シャルさんになついてる感じ……刷り込み、みたいですね。シャルさんは、何か心当たりとかありますか?」
「う、そんなこと言われても……ないデス……」
小さい頃はあんまり人と会ったことはない。
アークスになるって決めてからも、正直あんまり他の人とは……。
「うーん……知己でもないとなるとわからないことだらけですね。でも、放ってはおけませんね。
シャルさんはアークスとしての活動がありますからずっとここにはいられませんし……シャルさん、この子のお世話私に任せてもらっていいですか? 何かあったらすぐあなたに連絡しますから」
「え? それは、全然……大丈夫、ですっ。むしろ、よろしくお願いします」
アタシがぺこりと頭を下げると、フィリアさんはわかりました、とほほ笑んだ。
フィリアさんはメディカルセンターの人だから、任せた方がいいだろう。
でも、マトイちゃんがアタシしか知らないってことなら、たまには会いに来た方がいいのかな。
マトイちゃんが、ぎゅっとアタシの手を掴む。
マトイちゃんの顔を見ると、不安そうにこちらを見上げていた。
「あ、あの、シャル……」
「え、どうしたの、マトイちゃん?」
「あの……怖い感じがするの。気を付けてね」
不安そうにつぶやくマトイちゃん。
えっと、こういう時はどう答えればいいのかしら……? アタシは必死に考え、そして思いついた。
「うん、気を付ける。大丈夫よ」
あとがき
マトイちゃんとの出会い。とても描くの楽しかったデス……(主マト廃並の感想)
時間遡行をどのように描写するか、(特にシャルは無知の極みなところがあるので)非常に悩みました……。
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