「……誰、お前」
マイルーム。振り向くと、そこには不機嫌そうな顔のルクスくん。
そういえば今は3/20。修了試験が終わった後。
もしも今アタシが、絵本を最初から読み直したような状態なら……多分、ルクスくんとは、初対面。
って気付いたのはあとから。
「あ、ルクスくんだ」
「あぁ?」
「アタシ、シャルよ? シャル・バンボロット。あいべや、よね!」
わかってることそのまま言ったら、顔面にロッドを投げつけられた。
「は? これが『2回目』?」
「そ、そうなのっ。いや、アタシも正直ちゃんとはわかんないんだけど……シオンさんに言われてナベリウスに行ったら、修了任務だったの。
アフィンくんの様子もダーカーが出てくるタイミングも、全くおんなじで……でも、奥に行ってみたらマトイちゃんがいたのっ、ちょっとだけ、違ったの! ルクスくんと会うのも、2回目!」
「なんだ、それ。シオンって誰だよお前何言ってんだ」
ルクスくんがアタシを疑いの目で見てくる。
うう、やっぱり信じてはもらえないかしら……
「でも、最初はアタシ、修了任務でダーカーがでてきて、ゼノさんが助けてくれたのよっ」
「話してたな絶対脚色入れてるよなって感じでリピートして話してたな!
……って、ことは、お前本当に2回修了任務受けたのか? それに、ゼノ先輩と会った経験もあったならその……マトイと会ってなかった時もあったんだろ?」
「ん? んむ、そういうことになる気がする」
「なんだそれ、巻き戻したみたいな……」
ルクスくんが首をかしげる。
「まきもどし?」
「オレも話を聞いてるだけじゃよくわからないんだけど……なんかそれじゃあ、お前が時間を巻き戻してもう一回修了任務受けた、みたいな感じがする……あ、お前巻き戻しって意味わかるか?」
「わ、わかるわよ。あれだよね、映像とかをぎゅいーって時間戻すやつ。……でも、それだと同じ映像が流れるだけでしょ? アタシは、同じ修了任務だったけど、さっきはマトイちゃんと出会ったのよ。前は、出会わなかったのに」
なんだそれ、とルクスくんが首をかしげる。
……頭よさそうなルクスくんでもわかんないかあ。
「何かが変わったとか? いやそれじゃまるで……」
「ルクスくん?」
「いや、何でもない。というか、そんな突拍子もないこと言われてもわからない。何かほかに、それにつながる心当たりはないのか?」
「う、うぅー……」
ルクスくんに尋ねられ、アタシは戸惑う。
……そういえば、シオンさんが頼んだんだよね、アタシに。
もしかして、あの人が……?
「……アタシにマターボードってものを渡してくれた、シオンさんに、頼まれて、ナベリウスに行ったの。何かあるのかって聞いたんだけど、えっと、「答えはあなたの未来にのみ存在する」って……言ってること、よくわからなかったんだけど……」
「オレにもよくわからないぞ、それ。シオンってやつの言うとおりにしたら、もう一回修了任務に……でも、少しずつ違ったんだよな?」
ルクスくんは首をかしげて考え込んでいる。アタシはこくこくとうなずく。
「あ、でも、違ったのは、アタシもかも。声が聞こえたからっていうのはあるけど、前とは別のほうに歩いてっちゃったし」
「つまり違う行動をした、と」
「うん、そう。そりゃ別の道行ったら別のもの見るわよね……」
「じゃあ、それで……歴史が変わったとか」
ルクスくんが呟く。
「……? 難しいはなし?」
「正直オレの理解も追いついてない。そんなことありえるのかって話だからな。
えーと……そうだな。たとえば森の中で迷子になったとして、それまでに石を道しるべにおいていたらどうなる?」
「んむ、ヘンゼルとグレーテルね? キラキラ光る石をたどったから、おうちに帰れたわよ」
昔によく読んだおはなしだ。
そういう話ならお任せ……とは言えないかもしれないけれど、ちょっとはわかる。
「じゃあ、石がなかったからってパンを使ったらどうなってた?」
「パンが鳥さんとかに食べられて、ヘンゼルとグレーテルはお菓子の家に……えっと、これがどう関係あるの?」
「オレの推測があってるかどうかもわからないんだが……もしも二回目にもヘンゼルとグレーテルは石を持っていたらまた無事に家に帰れたはずだろ?
途中に別のことをしたから……石がなかったからってパンを使ったから……たどり着く先が変わった。歴史が変わった。多分、お前がしたのはそういうことなんじゃないか? もっとも、お前は実際に過去に来てるってことなんだろうけど……非現実的な……」
ルクスくんははあとためいきをつきつつ話す。
なんとなくわかったような、わからないような……
とりあえずわかったのは、アタシは繰り返したんだ。映像を巻き戻すみたいに。
そして、別のことをしたから、そのあとが変わった。
もし、アタシがマトイちゃんと会ってなかったら……ううん、これを考えるのはやめよう。
「まあ、それで何をするかは知らないけど、変なことはするなよ」
「う、わ、わかってるわよぅ」
アタシは言うが、ルクスくんは「本当に?」って顔。信用されてない……。
変なことが何を指してるかわからないし、そもそも何ができるかわからないんだけど。
「……話してて疲れるな、なんとか別の部屋に移動できないかな……」
「なーんでー!」
巻き戻ってるという妙な違和感はぬぐえない。気にしないで、なんてむずかしい。
少しの変化はあるが、これは確かに昔だ。
変化の一つは、まずマトイちゃん。
よくメディカルセンターの前にいて、アタシが通りがかると駆け寄ってくる。
外のことが気になるみたいで、話を聞かせてとアタシに頼んでくる。
マトイちゃんとそんなやり取りをしてると、なんだか昔を思い出す。もっとも、立場が逆になっててこそばゆい感じだけど。
日々を過ごしても、何もかもがおんなじというわけじゃない。
さすがに前に起きたこと全部覚えてるわけじゃないんだけど、たぶん、少しずつ違ってる。
別に全部がぜんぶ、ルクスくんが言うようなアタシの行動のせいってわけではないと思うんだけど。
「あ、ねえ、そのかっこ、アークスでしょ!」
ある時、ショップエリアを歩いてたらいきなり、声をかけられた。
顔を上げると、そこには長い茶色い髪のニューマンさんがいた。
服装を見た感じ、戦闘用の服じゃなさそうだ。アークスじゃない市民の人、かしら?
「え、えっと、あなた、誰……?」
「あ、ごめんごめん! わたし、ウルクっていうんだ。昔っからアークスに憧れていたからさ、つい」
てへ、と笑いながらウルクさん……年が近そうだから、ちゃん、かな……が言う。
「ウルクちゃんって、研修生、とか?」
「そうじゃなくって、だめだったんだ。フォトンを扱う才能がないんだって。残念だけどしょうがないよね、シビアなとこだし無理言えないもん」
そういえば、おねーちゃんも言ってたな。アークスになるには才能が必要なんだって。アタシにはそれがあったから、アークスになるという道を選べた。
みんながみんな、なりたくてアークスになれるわけじゃないわよね……
「ま、わたしのことはどうでもいいんだ。それよりわたしの友達のことのほうが気になるんだよね!」
「おともだち?」
「そ。あいつ、引っ込み思案で臆病なのに、なにをトチ狂ったか急にアークスになるとかいい始めて、実際に才能があって一人でアークスになっちゃって!
一人でやっていけるのか心配だよ、最近会いにも来ないし……」
唇を尖らせて、不満げに呟くウルクちゃん。
確かに、友達なのにしばらく会えないと心配になるかもしれない。そんな経験は、したことがあるからなんとなくわかる。
「……その人に会ったら、ウルクちゃんのこと話してみよっか?」
「え、いやそこまでしてくれなくても! それで来るかどうかもわかんないし!」
「む、そう?」
「気づかいはうれしいけどね、あんがと」
ウルクちゃんはにこりと笑った。
本当にいいのかしら? とも思ったけれど、よく考えたらウルクちゃんのお友達のこと聞けてない。
無理矢理聞くのもよくないだろう。その場はまたね、と軽く話を切り上げた。
少しずつ違う世界。
一度巻き戻したけど、この後は同じになるとは限らないんだろう。
もう既に、変わっているし。
何が起きているのかは、まだわからないけれど、何かが起きている。
わからないことだらけの世界は、もっとわからなくなっていく。
あとがき
時間遡行、変わる世界。
ルクスは参謀ポジションに収まりつつあります。というか今後もその位置でいてもらいます。
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