「新たなマターボードが発生している。
どちらにも揺らぐ天秤のようであり、揺るがぬ標のようでもある」
いつもと変わらぬ様子で、表情を動かさず、静かに話すシオンさん。
「得るものがいれば、得られぬものもいる。それは摂理である。当然である。
しかし、ここにおいてそれでは許されない。必然でなければならぬ事象もある」
相変わらず、その言葉は難しいけれど、なんとなくわかるような気がした。
たぶん、それって……『めでたしめでたしで終わる』ってこと、のような気がする。
「わたしとわたしたちは求めている。あなたが探し、あなたが得ることを。
わたしとわたしたちは信じている。あなたがそれをなすことを」
シオンさんはそこまで話すと、すっと目を細めた。
「……すまない。申し訳ない。
あなたに十分な情報がいきわたらぬことをわたしとわたしたちは謝罪する」
……謝罪。前も、似たようなことを言っていた。
なんで、この人が謝るんだろう。
「私は、あなたが望む形への変化を望んでいる。
これはわたしたちとは異なるわたしの願いであり、望みだ。故に、いましばらくの時間を求める――」
シオンさんはそれだけ告げて消えてしまう。手元には、マターボードが残る。
アタシが、何かを得る?
マターボードに導かれて、その先で……なのだろうか。
でも、あれ、「わたしたちとは異なるわたし」って何だろう。
というか、シオンさんって一人……よね? ことなる、違うって、あれ……?
考えてたら、頭がくらくらしてくる。
……考えるのは苦手だ。
でも、きっと、いつかわかる……のよね?
「そういえば、ルクスくんってどうしてアークスになったの?」
「あ?」
「えっ、何で睨むのぉ……」
ルクスくんに引きずられて火山洞窟を探索していた最中、アタシはルクスくんに話しかけた。
……話しかけたら、こうなったんだけど。うぅ……
「どうしてって……そういわれたから?」
「んむ、そうなんだ……ルクスくんもなのね」
「もってなんだ、もって」
「こないだ、テオドール君と話してて。なんでアークスになったって、そういうお話。
テオドールくんはアークス以外のことができなかったからアークスになったって」
アタシは慌てて説明する。
ルクスくんはそれを聞いて少し考え込む。
「……オレがそいつと同じと思ってるようだったら、違うぞ」
「ん、あれ、ちがう?」
「違う。オレの場合、そもそもアークスになるよう決められてた。
そのためにずっと訓練とかしてたしな。訓練校に入る前から。
……大人に選択肢を閉じられてなければ、他のこともできたかもしれないけどな」
「ん、んん……?」
「オレ、お前より優秀。それだけ覚えとけ」
ルクスくんは自分とアタシを交互に指さしながら話す。どこか誇らしげな顔だ。
……なんか、嫌なことを言われている気がする。
「そういうお前こそ、なんでアークスになったんだ。なんでソレでなれたんだ」
「なんでって言われても……んむっ?」
アタシはなにかを感じてきょろきょろとあたりを見回す。
なんか、知ってる人の雰囲気を感じるような……
アタシはルクスくんを押しのけて歩いていく。
「あ、どこいくんだ」
「んー? えっと、こっちー」
アタシは溶岩を渡りながら歩いていくと、ゼノさんがいた。
さっき感じたのはゼノさんの雰囲気だったのね。アタシの直感、もしかしてすごい?
アタシは小走りでゼノさんのもとに駆けていく。
「ゼノさーん!」
「お、よおシャル。お前さんとはよく会うな」
「えへへ、偶然です! なんだかゼノさんの気配を感じて」
「……なんでだよ」
後ろでぼそっとルクスくんの呟く声が聞こえたが、聞こえないふり。
怖い声だったし、今振り返ったらすごく怖い顔をしてそう。
「にしてもお前さんよく探索してるらしいけど、何か目的でもあるのか?」
「ふえ、目的……ですか」
「ああ、ないならいいんだ。アークスになる理由なんて人それぞれだからな」
ゼノさんが優しく話す。
アークスになる理由……さっきルクスくんとも話してたことだ。偶然。
「アークスって憧れの存在だからな。そういう理由でなりたがるやつも多い。
そういう理由でもなんでも、別に悪くないと思うぜ」
「ふむ、なるほど……? あ、そうだ。ゼノさんはどうしてアークスになったんですか?」
アタシはゼノさんに尋ねる。
ゼノさんはアタシの言葉を聞き、すぐに答える。
「それは簡単、選択肢がそれしかなかったから」
「……?」
選択肢がそれしかない。
何回か、こんな質問で、そんな感じの言葉を聞いた。
けれど、もしかして……その意味合いは、いろいろあるのかしら……
一瞬、ゼノさんが沈黙する。アタシは何か言ったほうがいいのかと思ったが、それより前にゼノさんが口を開く。
「ま、理由が何であれ無理せずほどほどにがんばれ。命あっての何とやら、だからな。
じゃあな、気を付けてな」
ゼノさんはそう言って立ち去っていく。
……な、なんか気まずくなってしまった。
恐る恐る、振り向く。
そこで立ってたルクスくんは、眉間にしわを寄せて怖い顔をしていた。
あっ、やっぱり……
「……どこから叱るべきかわからん」
「えっ怒られるようなことした!?」
「したというか……めんどくさい、もういい」
ルクスくんはため息を吐く。なんでそんなふうに……
「んで?」
「んで、って?」
「お前がアークスになった理由って何なんだよ。
聞いてばっかで自分はだんまりのつもりか?」
……たしかに、それはちょっとズルかったかもしれない。
でも、たぶん、アタシも他の人とかわらない。少なくとも、今まで聞いてきた言葉とは。
意味は違うかもしれない、というか、違うと思うけれど。
「……アタシも、他の選択肢がなかっただけよ」
ぽつり、つぶやく。
……アタシは、他の選択肢を知らなかった。見えなかった。
今でも思い出す、いくつかの決意。
アークスになると決めた日。
おねーちゃんにアークスのことを教えられて、他の選択肢を知らなくて、アークスになるって決めたときのこと。
そして、そんな選択肢を選ぶことになった、きっかけ。
……まきもどしたら、あの日が全部の始まりだったのかしら。
あのときの、痛みが……
「シャルッ!」
「え、ぎゃん!?」
頭のてっぺんに、衝撃。
ルクスくんがアタシの頭に杖を叩きつけてきた。思い切り。
アタシは思わずしゃがみこむ。頭のてっぺんがじりじりする。
「あ、う〜〜〜? 痛い……」
「いきなりボーっとするな、気色悪い。
……さすがに今の質問は意地が悪かった。理由なんか、任務の邪魔にならなきゃ関係ないことだったな。
というわけで忘れていいぞ。というか、他のやつのアークスになった理由も気にするんじゃない」
「う、うん……わかったの」
アタシは叩かれた頭をさすりながら立ち上がる。
「……お前、興味持つのもほどほどにしろよ。好奇心は猫をも殺す、ぞ」
「えっ、何でネコさん死んじゃうの!?」
「そう言う言葉があるんだよ、物の例えだ。猫でさえ死ぬようなことだから人間もほどほどにしろって感じの」
「あ、そ、そうなのね。てっきりアタシのせいでネコさんが死ぬのかと……」
「とにかく何事もほどほどにしろ。詮索を嫌がるやつもいるからな。
詮索を嫌がるのにも理由あるわけだし、もうそこまで気にしてたらキリがないだろ」
ルクスくんはそう言って前を歩いていく。
いろんなことには、いろんな理由がある。
それは、なんとなくわかってきたことだ。
まだ、わからない「理由」とかもあるけれど、それもいつか知ることができるのだろうか……
知った時、アタシは、何を思うのかしら。
そもそも、知ることができるかどうかもわからないけれど……
ううん、気にするのはやめよう。今もルクスくんに言われたばかりだ。
きっと知る機会があれば、知ることができる。
アタシが知りたいって思ういろいろなことも、きっと。
アタシは駆けだし、先を歩くルクスくんのことを追いかけた。
あとがき
アークスになった理由の話。
ドン引きするルクスを描きたかったとも言います。
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