「……万事において、すべてを選ぶことは不可能。光陰の後を見定めた諦念も必要である。
事象は蝶の羽が如く揺らぎ、流転する。時として不為になることもある。だがそれは決して無為ではない。
あなたは迷わないでほしい。そのためにわたしとわたしたちが居る。そのためだけに、わたしは居る」
静かに語る、シオンさん。
「……新たなマターボードが生まれた。事象は変遷を見せ、いまだ遠き道ながら、すべては確然と近づいている。
あなたの行動が未来を決めるということ。私が表現するのはただそれだけ。
……迂遠な言葉を謝罪する。わたしとわたしたちが今言えるのはここまでであり、これからもここまでであることは自明である。
だから、私は願う。あなたの掴む未来が、一縷を掴んだものであることを」
渡される、次のマターボード。
シオンさんはまた音もなくその場から消えてしまった。
「……アタシの行動が、未来を決める……?」
言葉を、小さく繰り返す。
唯一、なんとなく意味が分かった言葉。だけど、それがどういうことかは、よくわからなかった。
「ありがとうございます、本当に助かります」
ナベリウスのデータを集めたいという研究者さんの噂を聞いたアタシは、その研究者さんのところに来ていた。
アークスは他のアークスや市民の人から依頼を受けることも多くあるのだ。
「えっと、ナベリウスについて調査、だったかしら?」
「はい。学者として惑星の成り立ちなどを調べているのですが……ナベリウスの情報だけは少ないんです。
アークスの誰もが最初に行く惑星だしもっと情報があると思ったんですが。不思議ですよね」
次々と話す研究者さん。
というか、ナベリウスってよくわからない惑星だったんだ。
研究者さんは話していたが、途中ではっとした表情になる。
「あ、すいません、つい興奮して……私、ロジオと言います」
「ロジオさんね、覚えたわ! アタシ、シャルっていいます。えっと、それで依頼っていうのは……」
「ああ、それは単純です。惑星ナベリウスの地質調査、それだけなんです。
成り立ちが気になるというか、正直カンみたいなものなんですが、どうしても調べてみたくて……。
他のアークスさんに頼もうとしても、調べつくされたナベリウスということであまりいい返事をもらえませんでした。そこに来てくれたのがあなたなんです」
嬉しそうに話すロジオさん。
他のアークスさんはともかく、アタシはナベリウス……というか外のことは全く知らないから、それを知れるのなら単純に楽しいだろうとおもっただけだけれど。
「わかったわ、アタシでよかったら任せて」
「むしろお願いします! それでは、ナベリウスの森林のデータ収集をお願いできますか?」
アタシはロジオさんからデータの集め方を教えてもらう。
確かに難しそうなことはなさそうだ。
「うん、これならアタシでもできそう。おわったらロジオさんに報告すればいいのよね?」
「はい、よろしくお願いします」
「わかったわ、いってきまーす!」
アタシはゲートエリアのほうに走る。
そうだ、誰かといっしょにいこうかしら。
そんなに難しくないから、他の人がいても大丈夫だと思うし……
「シャルぅ!」
「はわぁ!?」
いきなり、後ろからおねーちゃんの声が聞こえた……と思ったら思いきり突進される。
危うく転びかけるが、何とか踏ん張った。
「シャルー今からどっかいくのー? ナベリウスなら一緒に行きましょうよぉぉぉ〜〜」
「え、ナベリウスなら行くけど……おねーちゃんどうしたの」
「父さんに仕事しろって怒られたから仕方なくお仕事をね……」
おねーちゃんのおとうさんは何でもすっごくこわいらしい。
会ったことないし、よくわからないけど……おねーちゃんと一緒に暮らしていたころから、お話はよく聞いていた。
たまにおねーちゃんがおとうさんのところにお出かけするときもあったが、帰って来た時にはすごく疲れてるみたいだったっけ。
「ルクスはあたしのこと見捨てて別の仕事行っちゃうし!
シャルが何かすることあるならあたしも手伝うからさぁ〜〜〜!」
「え、えっと……じゃあ一緒にナベリウスいこ、おねーちゃん」
「行こう、楽したい」
がし、とアタシの手を掴むおねーちゃん。
楽したいって、アタシまだアークスになってそんなに経ってないんだけどなあ……。
「そーいや、シャルは何の用事でナベリウスに来たんだっけ?」
ナベリウスに降りて、辺りを探索する。
「あ、うん。ロジオさんって研究者さんから、調査を頼まれたの」
「調査かー、面倒なこと頼まれたわね」
「でも、新しいことが知れるなら楽しいじゃない!
調査も難しいことじゃなさそうだったし」
「シャルは好奇心強いなあ……昔っからそうよね。おかげで大変だったけど」
おねーちゃんはそう言って苦笑いを浮かべる。
うう、確かにいろいろと迷惑かけた気がする……。思い出すと恥ずかしい。
「むー、それよりいろいろ探索しましょ!」
「さすがにシャルもこういう話は恥ずかしいのね……」
「さすがにね! ……あれ、誰かいるわ?」
向こうに誰かいるのを見つけて、アタシは駆けていく。
「ねえねえ、なにしてるのー?」
「ひっ!?」
話しかけると、その人はびっくりして飛び退いてしまう。
あ、話しかけ方失敗したかしら。
帽子をかぶったその人はニューマンのようだ。驚かせてしまったせいだと思うけど、怯えている。
「な、何だ、アークスの人か……エネミーかと思いました」
「あー、ごめんねー。連れが驚かせちゃって。大丈夫?」
「あ、大丈夫、ですが……」
そのひとははあ、とため息をつく。
その表情はなんだか疲れてるみたいに見えた。
「……えっと、本当に大丈夫?」
「あ、いや、その、あんまり戦うのは好きじゃなくってですね……」
「なるほど、お仕事嫌なんだ」
おねーちゃんはにやりと笑みを浮かべる。多分おねーちゃんのお仕事嫌とは違うと思うんだけど。
そう思ったけどとりあえず黙っている。
「アークスになったのもたまたま適性があったのと人気があったからそうしただけで……。
正直、怖いことはしたくないんです。なんとかなりませんかね……」
「う、うーん、アークスのお仕事だから……ある程度は仕方ない、かも……?」
「そう、ですよね……」
また、ため息。
アークスにはいろんな人がいるけど、確かに戦いが苦手な人もいてもおかしくないわよね……。
アタシも正直、得意とは言えないし……。
「変な話をしてすみません。それじゃ、ぼくは行きますね」
「あ、ねえ、待って!」
立ち去ろうとするその人を慌てて引き止めた。
その人は立ち止まり、こちらに振り返る。
「え、なんですか?」
「ええと、お名前知りたいの。
次に会ったとき名前で話しかけたら少しはびっくりしなくて済むかなって……あ、アタシはシャルっていいますっ」
「あ、あたしはクラベル。よろしくね」
「え、えっと……テオドール、です」
「テオドールくん、ね。うん、覚えたわ! ごめんなさい、引き留めちゃって。
また会ったらお話しましょうねっ」
「え、は、はい……それじゃあ、失礼します」
テオドールくんはそう言ってその場を立ち去った。
「……そういえば、シャルはアークスになって怖くないの?」
テオドールくんがいなくなった後、おねーちゃんがアタシに尋ねてくる。
怖くないか、か……アタシは少し考え込む。
「……怖くないっていえばうそになるかしら。怖いとき、あるもの。
でも、外に出て、いろんなところに行くのは楽しいから!」
「……そっかあ」
おねーちゃんはふふ、とほほ笑む。
「初めてであったときには周りの人みーんなに怯えてたシャルがねえ?」
「え、なんでそういう流れになるの!?」
「ううん、立派に成長したなあって。おねーちゃんはうれしいわー。
あんなに身体も痩せてて年齢わかんないくらいちっちゃかったのに、おっきくなって」
おねーちゃんは言いながらアタシの頭を撫でる。
おねーちゃんは、ちっちゃいころのアタシを知ってる。
ちっちゃいころのアタシは何にも知らなくて、おねーちゃんにはいっぱい迷惑をかけたと思うし、今思うと恥ずかしいところをいっぱい見せてしまったと思う。
でも、アタシを助けてくれたのは、アークスになるっていう道を教えてくれたのはおねーちゃんだ。
だから、おねーちゃんにはいっぱい感謝してるんだ。
「……で、でも、むかしアタシが恥ずかしいことしたこと、ルクスくんには内緒にしてよ?」
「えー、それってどの辺の話をかなぁ?」
「うう、いろいろとよ! アタシだってさすがに恥ずかしいんだから!
ルクスくんに睨まれるのは怖いし……」
「……シャル、もしかして怖い時ってルクスのこととかもある?」
「ちょっと、ある……」
ルクスくんは厳しくてちょっと怖い。
よく叱ってくるし、たまに蹴ってくるし。いい人だとは思うんだけど……。
おねーちゃんはそっか、と苦笑いする。
「あの子、本当は素直でいい子だから。まああんまり厳しくしないであげてとは言っておくよ」
「んむう……それで優しくなってくれるのかしら?」
「ちょっと保証はできないけど。まあ、シャルも仲良くしてあげてね。
……さて、じゃあ先進もうか」
「あ、そうだった、調査……。うん、いこう、おねーちゃんっ!」
あとがき
EP1、2章開始。
ちょこちょここのへんからシャルの話も出していきたいと思っています。
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