「シャルさん、先日は依頼を受けていただいてありがとうございました」
 
 
 あの調査の後、アタシは改めてロジオさんに会いに行った。
 
 
「おかげさまで、ほしかった実地データがたくさん手に入ったんですが……うーん……」
 
「……? どうしたの?」
 
「何と言えばいいのでしょうか、環境値と地質がかみ合ってないというか、ところどころ、おかしい感じがして」
 
 
 首をひねるロジオさんは、浮かない顔。
 
 
「え、えーと、アタシ何かミスとかしちゃった……?」
 
「そんなことはないと思います。……歯切れ悪くてすみません。
せっかく集めていただいたデータです。これから、しっかり調査してみます。
何かありましたら、またご連絡しますね」
 
 
 ロジオさんはそう言い、軽く頭を下げる。
 ……また調査することになるのかしら。
 嫌ということはないけど、何となく不安がある。ナベリウスがおかしいって、どういうことなのかしら……
 
 
 
 
 ゲートエリア、メディカルセンター前。
 マトイちゃんとお話ししようと向かったら、マトイちゃんはメディカルセンターの前のロビーを歩く人たちを目で追いかけてるようだった。
 話しかけようとしたら、マトイちゃんのほうがこちらに気づいてくれた。
 
 
「あ、シャル」
 
「こんにちは、マトイちゃん。何してるの?」
 
「うん、ちょっと観察中。誰をってわけじゃなくて、みんなを」
 
 
 マトイちゃんがロビーに視線をやる。
 ゲートエリアは通常アークスや職員のひとしか来れないが、それでも人の流れはかなり多い。
 確かにいろんな人を観察できる。
 
 
「ここは、とっても面白いね。すごいいっぱいのたくさんな人がいる。誰一人として同じじゃない」
 
「んむ、そういえばそうね。ここっていろんな人がいっぱいいるわ」
 
「うん、それって、当たり前なんだよね」
 
 
 マトイちゃんが話す。
 
 ……当たり前? そうか、いろんな人がいっぱいいるっていうのは、当たり前なのか。
 いまだに「普通の感覚」っていうのはわからないものが多い。
 
 
「でも、なんでだろう……私がかすかに覚えてる場面だと、みんな同じ顔をしてたような……?」
 
「え? ……えっと、こう言うのって駄目かもしれないけど、あまりほかの人と会わなかったとか、じゃなく?」
 
「ううん……多分、違うような……思い出せないだけかな」
 
 
 考え込むマトイちゃん。
 あ、アタシ、余計なこと言ったかもしれない。
 
 
「……気にしすぎるのはよくないって言ってたし、気にしないでおくね」
 
「う、うん。それがいいと思うわ。
……あれ、でもマトイちゃん、ほかの人、怖いんじゃ……」
 
「うん……確かに、苦手というか、うまく話せない。なんというか、緊張しちゃう。
でも、みんなの顔を見るのは好き。楽しい。なんだか、元気が湧いてくる感じがするんだ」
 
 
 マトイちゃんはそう言ってほほ笑む。
 元気になる、か……それなら、大丈夫そうかしら。
 
 
「えっとね、前にシャルとお話ししてた時に来た、赤い髪の人」
 
「ルクスくん?」
 
「うん、その人。その人とシャルが前お話ししてた時も、なんというかすごく楽しそうだったよね」
 
「んむ、そうかしら……」
 
「わたしにはそう見えた。なんだか、見てるとこっちまで楽しくなっちゃいそうな気がしたんだ」
 
 
 ……正直、ルクスくんっていつ怒るかわからないからこっちとしてはびくびくしてるんだけど。
 いや、それでも無意識にいつも通り話して、結局怒られてる。
 それでもお話しするのは……まあ、楽しいのよね。どんな内容でも。
 
 
「ルクスって人もたまに会いに来てくれるんだけど、やっぱり緊張しちゃうな。
シャルと話すのが、一番安心する」
 
「そうなの? えーと、ごめんなさい、ルクスくんのこと考えると喜んでいいのかわからない……」
 
「そ、そうだよね。わたしも、このことはルクスには内緒にしてほしいかも」
 
「わかった、ひみつにするわ!」
 
 
 アタシは自分の口元に指をあてて言う。
 マトイちゃんもアタシをまねて口元に指を添える。
 
 微笑むマトイちゃんは、いっそうかわいく見えた。
 
 
 
 
「バカシャルー、なにしてるんだ?」
 
「またバカっていう……」
 
 
 ナベリウス、森林。
 声をかけられて振り向くと、そこにはルクスくんがいつも通り不機嫌そうな顔で立っていた。
 
 
「何してんだ、しゃがみ込んで」
 
「ちょっと、お花摘んでた」
 
「花ぁ? まさか、部屋に飾るとかいうんじゃないだろうなお前……」
 
 
 さらに不機嫌そうな顔をするルクスくん。
 なにもそんな顔をしなくても。
 
 
「違うもん。ちょっと、プレゼントしたいの」
 
「プレゼント? 誰に? クラベルあたりもまあ花は喜ぶと思うが……」
 
「おねーちゃんにもお花あげたいとは思うけど……違うの、マトイちゃんにプレゼント」
 
「マトイぃ?」
 
 
 ルクスくんは目を丸くする。
 ハァとため息をつくと、アタシの隣に座り込んだ。
 
 
「……なんだっていきなり」
 
「マトイちゃん、メディカルセンターからあまり出られないでしょ?
それと、フィリアさんから頼まれたの。お花持ってきてほしいって。マトイちゃんが気にしてたんだって」
 
「へぇー……」
 
「何その言い方。お花、かわいいし素敵じゃない」
 
 
 ナベリウスの、いろいろな色の花。
 マトイちゃんとお話しした後、フィリアさんに声をかけられてお願いされた。
 フィリアさんによると記憶を取り戻すための一環としてみていた資料の中でマトイちゃんが気にしていたらしく、摘んでくるようにと頼まれたのだ。
 もしかしたら、記憶の手がかりになるかもしれないからと。
 
 
「……画像とかじゃダメなのか?」
 
「だめだと思うわ。それに、アタシは本物を見せてあげたいって思うの。
本や映像よりも、本物を見たほうがいろいろなことを知れるし、感動するわ」
 
「まあ、そういうのはあるかもな……なんだ、そういう経験でもあるのか?」
 
 
 ルクスくんに言われ、思わず手を止める。
 
 
「……まあ、ね。アークスにならないと、惑星には降りられないでしょ?」
 
「それもそうだな。……ああ、お前がアークスになったのってそういう理由?」
 
「そうね、アークスになったら外のいろんなところに行ける。確かにそれを夢見ていた。
もうアークスになったから、アタシはこうやっていろんなところに行けるけど……マトイちゃんには直接外を見せてあげられない。代わりにアタシが見て、いっぱいお話して、教えてあげたい。そして、できるならこうして、本物を見せてあげたいの」
 
 
 それは、アタシが昔してもらったこと。
 アタシが知らなかったこと、いろんなことを教えてもらった。
 どきどきして、わくわくして、とても楽しい時間だった。
 あの気持ち、マトイちゃんにもしてもらいたい。嫌なこと考えるより、ずっといいから。
 
 
「そうかそうか、やさしいなお前は……ところでさあシャル」
 
「なに?」
 
「お前、マトイの何なの? マトイのことどう思ってるんだ?」
 
 
 ルクスくんが真面目な顔で尋ねてくる。
 ……が、聞かれていることがよくわからない。
 
 
「マトイちゃんは、助けてあげた子で、困ってるみたいで……ほかの人とお話しするの苦手みたいだから、アタシがいっぱいお話してるってだけよ?」
 
「……そんだけ?」
 
「うーん、それだけ……っていうのも違う気がする。お話しするのが楽しいし、あと……んむぅ、うまく言葉が出てこない」
 
「語彙少ないな」
 
 
 ルクスくんは言いながらこつん、と持っていた杖をアタシの頭にぶつけてくる。
 
 
「またいじわるするぅ!」
 
「教育的指導だばーか」
 
「なにそれ! ……むぅ、マトイちゃんにはいじわるしてない、ルクスくんっ!?」
 
 
 アタシが思わず強めの口調で聞くと、ルクスくんは足を振り上げて思いきりアタシのおなかを蹴飛ばしてきた。
 思わず後ろに倒れこんでしまう。
 
 
「お前オレが女に意地悪いようなことするような性格に見えるのか?」
 
「だって……今も蹴飛ばして……っ」
 
「それはお前がムカつくからですー。反省してくださいー。
そもそも、そんなこと考える余裕ない。向こうも緊張してるんだろうが、緊張してるのはこっちもだ」
 
 
 ルクスくんはため息交じりに言う。
 ……ルクスくんが緊張? ちょっと、想像できない。
 
 
「それこそ何か変なこと言ってしまわないかって考えながら話すからな、マトイ相手には。
女子相手に無遠慮に話すわけにもいかないだろ」
 
「……ほへー、ルクスくんがマトイちゃんのことで考えてるのはそういうことなんだ」
 
「燃やすぞ馬鹿シャル……」
 
 
 ルクスくんがにらみつけてきたので、慌てて両手をあげて降参のポーズ。
 ルクスくんははあ、とため息をついた。
 
 
「はー……マトイもなんでこんなのになついてんだか」
 
「……マトイちゃんいじめちゃだめだからね」
 
「うっさい、しつこいぞお前も」
 
 
 
 
 
 
 
 
  あとがき
  主マト回でした。タダノシュミジャネーカ
  シャルはこの時点で……というか今後もずーーーーっとそうなのですが、女の子に対する接し方とか意識してません。
  そもそも男女の意識がないので。なんてやつだ。
  んでルクスはすでにマトイを意識し始めてます。お前ら。



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