巻き戻って、まだそんなに日は立ってない。
 同じようで、少し違う日々を過ごすというのはなんだかとても……困惑する。
 同じ絵本を読みなおすのともまた違う……不思議な感覚だ。
 
 
「ちょいとそこ行くアークスさん!……あっ、ちょっ、無視しないでっ!」
 
 
 ある日、一人でナベリウスを探索してた時。
 いきなり、声をかけられた。
 ふと顔を上げると、そこには二人のニューマンの子。アタシより背は低いが、二人ともそっくりだ。
 
 
「はわ……? えっと、何か用、ですか?」
 
「ふふん、ルーキーさんみたいだし先輩のあたしが助言してあげようと思って!」
 
 
 元気そうな子が胸を張って言う。
 隣の子ははあ、とため息をつく。
 
 
「そうかなあ、パティちゃんより全然強そうに見えたけど……」
 
「うるっさい、アークスに必要なのは実力じゃないの! 知識と情報なの!
ね、アナタもそう思うよね?」
 
「えぇっ、そんなこと聞かれても……わ、わかんないわよぅ……」
 
 
 実力と知識、どっちが大切かって聞かれても……よくわからないし、そのことを考えるだけで頭がいっぱいになりそうだ。
 混乱してるアタシをよそに、元気そうな方の子は話を続ける。
   
 
「まず、あたしたちアークスが気をつけなきゃいけないのはダーカーよね!
めっちゃこっち狙ってくるし、原生生物の凶暴性も上げてくるし、放っておいたら大変!
ここは原生生物があまり強くないからまだいいけど、他の惑星に……」
 
「え、え、ちょ、話が早い……」
 
「あーほら……ごめんなさい。さっきから、不出来な姉がぴーちくぱーちくうるさくて」
 
 
 おとなしそうな子が頭を下げる。
 あね……ああ、「きょうだい」、とか「しまい」、とかいうやつなんだ。
 
 
「伝聞情報垂れ流すだけなので放っておいてあげて。
あ、でもダーカーが危険というのだけは重要な事実かも」
 
「ん、む……アタシもそれはなんとなくわかるわ」
 
「最近はここにも出てくるようになったみたいだし。気を付けたほうがいいかもしれませんね。
……さ、パティちゃん行くよ。私たちは私たちで情報収集しないとなんだから」
 
「あ、ちょっとティア! あたし、まだ話の途中!」
 
 
 話を続けてた子……パティちゃんは、ティアちゃんに引っ張られて行ってしまう。
 ……なんだかあっという間に行ってしまった。
 
 情報か……あの子たちはそういうの詳しいんだろうか。
 勉強はそれなりにしてたけど、正直頭に入ってるかって言われたら自信ないし……自分を基準に考えたら、周りの人たちのほうがずっと『情報』には詳しいかもしれない。
 何かあったらあの子たちは教えてくれるのかな……
 ルクスくんに質問するよりは怖くないかも。おねーちゃんは……教えてくれるのかな。
 
 今度会ったら、ちゃんとお話聞いてみよう……。
 
 
 
 
 探索を終えてシップに戻る。
 部屋に向かおうかと思ったが、ふと思ってメディカルセンターに向かった。
 
 メディカルセンターの前には、マトイちゃんがいた。
 マトイちゃんは、こちらに気づくと駆け寄ってきた。
 
 
「あ、シャル……おかえり、大丈夫?」
 
「む? うん、大丈夫、よ?」
 
 
 マトイちゃんはアタシの言葉を聞いてそっか、と肩をなでおろす。
 
 マトイちゃんは最初いろいろと戸惑ってたみたいだったけど、数日でだいぶ落ち着いてきたみたいだった。
 シップに戻ったらマトイちゃんとお話しするのがちょっと習慣になっている。
 
 
「……余計な心配なら、ごめん。でも、あなたはいつも戦ってて不安で……わたし、待つだけしかできないから……だから、心配だけはさせてほしいの」
 
 
 マトイちゃんはゆっくりと話す。アタシのこと、心配してくれてる……のかしら?
 なんだか、うれしいような、くすぐったいような。こんなふうに言われたのって、初めてだから。
 
 
「むぅ……アタシもマトイちゃんのこと、心配よ?
あんなところで倒れてたわけだし……あ、ねえ、何か思い出せること、あった?」
 
「え……ううん、ええと……ごめん、あんまり。
普通のことは、覚えてる。常識も言葉も、全部わかるよ。でも、わたしの周りのことは、なんだか靄がかかって……思い出そうとすると、頭が痛くなって……」
 
「ふぇっ、それ大丈夫じゃないわよね!?
ご、ごめんなさいマトイちゃん、もう思い出したかなんて言わないことにするわ……」
 
 
 アタシは慌ててマトイちゃんの頭をなでる。
 撫でてもらうと頭が痛いの治る気がするし、これで少しは良くならないかしら……無理かなあ……
 
 
「ううん、こっちこそ、ごめん。あなたの名前だけ覚えてたから、すがってしまって……迷惑だよね」
 
「ううん、全然!? 迷惑じゃない全然迷惑じゃない!!」
 
「そう、かな……ありがとうシャル。気まで遣わせちゃって、ごめんね」
 
 
 うう、謝らないでほしいのに……アタシはマトイちゃんを撫でる手を止める。
 
 
「わたし、頑張って思い出す。
少し時間はかかるかもしれないけど、必ず思い出すから……」
 
「マトイちゃん……」
 
 
 本当はつらいはずなのに。何も覚えてないなんて、きっと怖いはずなのに。
 ……アタシはただ、元気づけようと思ったのに、悪いことをしてるみたいな気分だ。
 そんな悲しそうな顔を見たかったわけじゃないのに……
 
 
「何してんだ馬鹿シャル」
 
「わぷぅっ!?」
 
「ひゃっ!?」
 
 
 いきなり話しかけられて振り返ると、そこにはルクスくんが立っていた。
 マトイちゃんは慌ててアタシの後ろに隠れてしまう。
 あぁっ、マトイちゃんまた! やめてほしいとは思わないけど近くてちょっと動きにくいし緊張するっ!
 ルクスくんはちらりとマトイちゃんのほうを見る。
 
 
「あ……驚かせたか、悪い」
 
「……っ」
 
「る、ルクスくん酷いのー……」
 
「あ、馬鹿シャルに謝る気は一切ないから」
 
「ひーどーいーのー!」
 
「えっと、えと、シャル、この人は……?」
 
 
 マトイちゃんが小声で尋ねてくる。
 マトイちゃんはギュッとアタシの服の裾を掴んでいた。
 
 
「この人はルクスくん。アタシのルームメイトさんなの」
 
「るーむめいと……もしかして、この人もアークス?」
 
「うん、そうよー。だから怖がらなくても大丈夫だと思うわ、たぶん」
 
「原則ゲートエリアに来れるのはアークスだけだけどな。というか、オレをほっといて話を進めるな」
 
 
 ルクスくんが文句を言うけど、マトイちゃんはアタシ以外とお話するの難しいみたいなんだから無茶いわないでほしい。
 
 
「その子がマトイ、か? シャル」
 
「うん、マトイちゃん。……ルクスくんこわいから怖がらせないでよ」
 
「お前失礼な言葉ぽんぽん出てくるな殴るぞ」
 
「そういうところがこわいのー!」
 
 
 アタシは腕をぶんぶんと振り回す。ルクスくんはそれを簡単に避けていった。
 
 
「……ふたりは、仲、いいんだね」
 
 
 ぽつり、アタシの後ろでマトイちゃんが呟く。
 
 
「え、そうかしら? こういうのもなかよしっていうの?
ルクスくんと仲良くできてるならうれしいけど……」
 
「オレは認めたくないぞ」
 
「なーんーでー!!」
 
 
 アタシはまた腕をぶんぶんと振り回すが、今度は全部受け止められた上で振り払われた。
 ら、乱暴なの……
 
 ふとマトイちゃんを見る。マトイちゃんは、微笑んでた。
 
 
「……いいなあ、なかよしで」
 
 
 マトイちゃんは少し嬉しそうな顔で、そうつぶやいていた。
 
 
 
 
 マトイちゃんと一通り話し、互いに満足したところでアタシたちは別れた。
 ルクスくんも部屋に戻るということで、一緒に行くことになった。
 
 
「クラベルがこのあと部屋に来るってことだから、早めに戻るぞ」
 
「はーい。おねーちゃん、またごはん持ってきてくれるのかしら?」
 
「多分な。まあ助かるけど……オレも料理覚えるべきかなあ……」
 
 
 ルクスくんと話しながらショップエリアを歩いていく。
 歩いていたら、唐突に視界にノイズが走り……目の前に、シオンさんが立っていた。
 
 
「はわっ……シオン、さん?」
 
「……シャル。まずはあなたに、感謝を。偶発事象の優位改変が確認され、新たな状況へと進行した」
 
 
 また難しい話し方。感謝されてるってことなら、「どういたしまして」というべきなのかもしれないけど……アタシが何か、シオンさんにしただろうか?
 
 
「……状況よりも、事象の説明を求めるといった表情をしているようだが、その認識で正しいか?」
 
「じ、事象……? な、何があったのかとかいろいろわからないことはいっぱいだけど、えっとぅ……」
 
「そうか……だが、ここに正確な認知は必要ないと認識する。
あなたは、多くのものを救う機会を持つと、それだけを把握しておけば事足りる」
 
 
 「多くのものを救う機会」……シオンさんの言葉を、頭の中で繰り返す。
 やっとわかる言葉が出てきた気がする。もしかして、マターボードを使ってマトイちゃんを助けた……みたいなことが、できるということなのだろうか?
 誰かを救う、なんておとぎ話の英雄さんか王子様みたいだ。実感わかないけど……。
 
 
「……いや、説明が十全でない。正しくない。あなたを納得させるだけの言葉を、今のわたしは学習しえていない……だから、わたしは謝罪する。いまだ信用を得るに足らないわたしを。そして、それでもあなたに頼るわたしをわたしは謝罪する」
 
「……シオンさん……?」
 
 
 そんなに謝らないでほしいんだってば。こっちが悪いことしてる気分になっちゃう。
 たしかにシオンさんのいうこと、よくわからない。でも、疑ってるわけでもないのに。
 
 
「……新たなマターボードが生まれた。それはつまり、新規偶発事象への介入が可能になったことを意味する。
私の後悔はいまだ続く。あなたがそれを払う標となっていることを願っている……」
 
 
 シオンさんの姿が、かき消える。
 そしてまた、手元にはマターボードが残っていた。
 
 ……また、巻き戻って何かを変えればいい、のかしら……
 
 
「馬鹿シャル、なにボケっとしてんだ」
 
「はわぁっ!? ごめんなさい、今行くー!」
 
 
 怒った顔のルクスくんに慌てて駆け寄る。
 
 
 
 
 また受け取った、マターボード。
 「多くのものを救う機会」を与えてくれるというけれど、この先アタシはどうすればいいんだろう。
 どこに向かっていくんだろう……?
 
 
 
 
 
 
 
 
  あとがき
  無意識に主マトを書いていた。ルクスいじられ役でごめんね。
  いろいろかきたいシーンは多いんですが基本的に原作2〜3シーンが限度です……。
  まだまだマター集め編は続く。ああ、描きたいキャラがいっぱいだ……



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