パタパタと、自分の部屋に向かう廊下を早足で歩く。
 
 
「……あ、来てた!」
 
 
 角を曲がり、小さな人影を見つけ思わず声をあげる。
 アタシよりずっと小柄なその子は、アタシに気づいてくるりと振り返る。
 
 
「あ……マスター、だよな。はじめまして」
 
「うん、そうよ。えっと、はじめまして」
 
 
 背中まで届く長い赤い髪に、はちみつ色の瞳。
 外見設定をしたのは自分だけど……そっくりだ。
 とはいえ今この子とは……このアシールとは初対面。不思議な感覚だ。
 
 この子は、サポートパートナー。
 何でも、アークスをサポートするための高性能アンドロイド……らしい。
 見た目は小柄なこと以外は基本的にアタシたちと同じっぽい。
 
 外見設定はマスターのアタシが設定したんだけど……
 自分でもちょっと、『あの子』にすがるような思い……なんといえばいいかわからない感情……がいまだに残っていることに驚いている。
 
 アシールは緊張している様子で頭を軽く下げる。
 
 
「その、これからよろしく」
 
「うん、よろしくね。……えと、とりあえず、お部屋はいろっ!
ただいまーっ!」
 
「声うるさい馬鹿シャル」
 
 
 部屋に入った途端、ルクスくんの不機嫌な声。
 わかってはいたけど相変わらずだ。
 
 ふと見ると、ソファに座るルクスくんの横に黒髪の知らない子がいた。
 アシールと同じくらい小柄だ。
 
 
「ルクスくん、その子……」
 
「見てわかるだろ、オレのサポートパートナー」
 
「あ、えと、マティアです」
 
 
 黒髪の子……マティアくんがぺこりと頭を下げる。
 アシールはマティアくんに近づき、顔を覗き込んだ。マティアくんはルクスくんの腕にしがみつく。
 
 
「ビビるなマティア、たぶん今後しばらく顔つき合わせることになるぞ。
……高性能アンドロイドとは何だったのか……」
 
「マティアくん、怖がりさんなのかしら?
アシール、怖がらせちゃだめよぅ」
 
「俺まだ何もしてねーんだけど……」
 
 
 アシールは唇を尖らせて不満そうな顔だ。
 
 
「そっちのチビもサポートパートナーだろ。お互い慣れるしかないだろう。
ちなみに、マティア。あのアルビノがさっき話したシャルだ。何か馬鹿やってたら蹴飛ばしていい」
 
「ちょっと、なに教えてるの」
 
「アシール、だったか。お前も覚えておけよ。お前のマスターは問題児だ」
 
「なに教えてるのぉ!?」
 
 
 人のサポートパートナーに変なこと教えないでほしい。
 自分のサポートパートナーにも教えないでほしい!
 っていうかアタシが問題児って……。
 
 
「……マスター、問題児なのか」
 
「違う、違うからっ、忘れてアシール」
 
「ん、はーい」
 
「あ、あと……アタシのこと、マスターって呼ぶのやめてもらえるかしら。
シャルって呼んでほしいの」
 
 
 アタシがそうお願いすると、アシールは目を丸くした。
 アシールはルクスくんとマティアくんのほうを見て困ったような視線を向けるが、二人ともふるふると首を横に振る。
 
 
「……分かった。シャルな、うん」
 
「えへ、うん。よろしくね!」
 
 
 アタシはアシールの頭をなでる。
 こういうのもなんだか不思議な感じがする。
 
 
「……お前さ、赤い髪のやつに思い入れでもあんのか?」
 
 
 ルクスくんに言われて、思わず一瞬驚いてしまう。
 
 
「……いきなりどうしたのルクスくん」
 
「いや……ゼノ先輩を追いかけたり、サポートパートナーを赤髪にしたりしてるから。
ゼノ先輩にあこがれてる……にしては、正直そのサポートパートナー、ゼノ先輩には似てないし。
だったら、執着があるのは赤い髪に対してなのかなって。赤い髪の人物に何かされたのか?」
 
 
 ルクスくんは淡々と話す。
 ……ルクスくん、なんというか、すごく頭がいいなあ。そんなことまで気づいちゃうんだ。
 
 
「んんと……確かに、赤い髪の人を見るとどきってすることはあるかしら……
でも、なんでかは内緒、内緒なの!」
 
「ああそう。オレにはそういう感情向けないでくれよ、気持ち悪い」
 
「うえ、気持ち悪いってなによう!」
 
 
 ルクスくんはすっと視線をそらしてしまう。
 うう、口げんかしても勝てる気はしない。素直に引き下がろう。
 
 ふとアシールを見ると、戸惑った表情でこちらを見上げていた。
 ……なんだか、見上げられるっていうのも変な感じだ。
 何もかもが違和感だらけ。そもそも、全く違うんだけど。混ぜちゃうなんて、しちゃいけないと思うんだけど。
 
 でも、わかってるのに、重ねてしまうアタシがいた。
 
 
「……アシール、何かお話でもしましょっか?」
 
 
 
 
 あれは、どれくらい前のことだったっけ?
 あのころのアタシは、時間を数えるということが全く分からなかったから、いつかはまったくわからない。
 
 でも、確かに覚えてる。
 「おかあさん」を見送った後、本を読んでいたら眠くなっちゃって、毛布にくるまっていた。
 
 そんなときに、向こうから音がして。
 「おかあさん」が帰ってきたのかな、とおもったら、扉が開いて。
 
 扉の陰にいたのは、見たこともない、長い赤い髪の子。
 
 
「……んあ、あれ?」
 
 
 見たことのない顔。おかあさんよりずっと背が低い。アタシと同じくらいだろうか。
 ううん、絵本や写真じゃない、「お母さん」以外のほかの人の顔を見るのは、その時が初めてだった。
 その子はしばらく目を丸くしていたが、扉を閉めてこちらにゆっくりと近づいてきた。
 
 
「……人間、だよなあ……?
ってかここ、母さんの部屋のはずなのに何でこいつが……」
 
「……?」
 
 
 アタシは毛布を床に置き、檻の格子に近づく。
 その子も檻の前で座り込み、じっとこちらを見つめてきた。
 
 
「えっと、お前、だれ?」
 
 
 しばらくの沈黙の後、その子が口を開く。
 おまえ。アタシのことだろうか。アタシは自分を指さし、首をかしげた。
 
 
「そう、お前のこと。なんでこんなところに……ああ、ええと、そうだ。
名前、なんていうんだ? ……ここ、母さんの部屋だよな。母さんに、なんて呼ばれてる?」
 
 
 「かあさん」とは、「おかあさん」のことだろうか。
 アタシは考え込み、言おうと思っていることを何回か小声で練習する。
 おかあさん以外の誰かと話すのは、どうすればいいのかわからなくて、緊張した。
 
 
「……話せるか?」
 
「ん、ぅ……しゃ、る。アタシ、シャル」
 
 
 何とか、出せた言葉。アタシがいつも、呼ばれている名前。
 それを聞くとその子は安心したような表情をした。
 
 
「話せるな、よかった。シャルっていうんだな」
 
「ん。……んむ?」
 
 
 アタシは格子の隙間から手を伸ばす。
 あなたの名前が知りたい、と。その頃のアタシは、うまく言葉を考えられなくて、思ったようにしゃべれなかったから。
 
 
「あ、あぁ、俺か? 俺はアシールっていうんだ。この家の……いや、これはいいか。
えっと、アシールって言えるか……?」
 
「……あ、しー、ぅ。あしー、りゅ?」
 
「あぁーなんか気が抜けるぞ……」
 
 
 がくりと肩を落とすアシール。
 アタシは首をかしげる。何か違っていただろうか、と。
 
 
「……あしーる、おそとからきた?」
 
「あー、そうだな。確かにその扉の外から来たけど……お前は、いつからここにいたんだよ?」
 
「い、つ……? アタシ、ずっとここ、いたわ?」
 
 
 生まれて、物心ついた時から……アタシは小さな部屋、その中に置かれた小さな檻の中にいた。
 その時のアタシの世界は、檻の中と、檻の向こうに見える部屋、たくさんの絵本。それだけだった。
 外のことなんて知らなかった。たまにおかあさんが外に出て行ったのを知っているくらい。
 でも、外のことはおかあさんは何も話してくれなかった。聞きたいとも思わなかった。
 
 でも、外の人であるアシールと出会ったときに、アタシの外への興味は高まった。
 外にも、人がいるんだということを、世界があるんだということを、初めて知った。
 
 ……外には、何があるんだろう。
 
 
「……なんで俺はこのことに気づかなかったんだ……
俺も長いことこの家住んでたのになぁ……」
 
「あ、しーる、あしーる」
 
「あぁ? なんだよ」
 
 
 アタシは手を伸ばし、アシールの手をつかむ。
 
 おかあさんの手より、温かい手。
 
 
「アシール、そとのこと、おしえて?」
 
 
 きっと忘れることはない、あの時。
 初めて檻の向こうを夢見た時。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  あとがき
  サポパ回、そしてシャルの過去回。
  アシールとマティアの登場です。最低でもEP2までは何かと活躍するのを保証します。
     



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