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モニターに自分の情報を入力し終わり、顔を上げる。
キャンプシップ内にはアタシと同じような、新米アークスが何人かいた。
今日はアークスの修了任務、これを無事終えれば正式にアークスとして認められる。
「なあなあ、お前も新米のアークスだよな!」
唐突に、声がかけられる。
振り向くと、そこには金髪のアークス……耳が長いから、ニューマンという種族だと思う……が立っていた。
「おれ、アフィンっていうんだ。お前は?」
「アタシ? ……えっと、アタシは、シャルって言います」
アタシは頭の中でいうことを考えながら言葉を口にする。
他人と喋るのは久しぶりだ。
相手はきょとんとしてアタシのことを見ていた。
「あれ? 女……?」
「え? どうしたのアフィンちゃん」
「あっ、悪い、ちゃんはやめてくれ恥ずかしい」
「じゃあアフィン、くん?」
「あーそれでいいよ……」
アフィンくんは大きくため息をついて肩を落とす。
修了任務が始まる前から疲れてるのかしら……
「まあいいや……お前とは、一緒の組みたいなんだ。
仲良くしていこうぜ、相棒!」
「あい、ぼう?」
「そうそう、お前のことな。
……にしたって、ずいぶんと聞き心地のいいことしかいわないよな」
「え?」
アタシはアフィンくんの言葉に首をかしげる。
さっき、画面に写ってた人の言ってたことだろうか。
でも、さっきのことが何を指していたのが、まったくわからない。
「……あれ、何きょとんとしてんだよ」
「……アフィンくんが言ってるのが何か、わからないの」
「え、お前忘れたのか、十年前の……いや、そっか、忘れたいんだよな」
アフィンくんはいきなりアタシの肩をぽんぽんとたたいてくる。
いや、なにを言ってるのかさっぱりなんだってば。
「わかる、すっげーわかるよ。おれだって忘れたいって何度も思ったしな。
うん、これ以上は何も聞かないでおく!」
「え、え……?」
アタシは相変わらずわけがわからず、戸惑うだけだ。
……アフィンくん、さっき『十年前』って言った。十年前……それって、いつのことだろう。
……まだ、アタシが『あの檻の中』にいたころのことかしら……
『転送座標の設定終了、アークスは順次出撃してください』
凛としたオペレーターの人の声。
「あ、ついたみたいだ。まあぬるい地域みたいだし、気楽に行こうぜ、相棒」
「え、ええ」
アタシとアフィンくんはテレプールに飛び込む。
光の中を降りていき、気付いたら目の前には緑が広がっていた。
嗅いだことのないにおいが、鼻を刺激する。
ここが、ナベリウス……。
アタシが初めて見る世界だ。
「すげー、緑ばっか……なんかワクワクしてきた。早速進むか、相棒!」
アフィンくんが、どんどん先へ進んでいく。
アタシはそれを慌てて追いかけた。
「アフィンくーん! ちょっと早いわよう……!」
「あ、わりっ。ちょっと焦っちまった。……うん?」
アフィンくんが木の陰に隠れて、向こう側を見る。
その向こうには、アタシたちより少し背が低いくらいの生き物がいた。
えっと、あれは写真で見たような気がする……。
「アレ、原生種だな」
「たしか……ウーダン、よね」
「そうそう……って、なんかこっちきてるぞ!」
ウーダンはこっちに近づいてきている。
……一瞬恐怖を感じるが、本当に一瞬だ。
「ど、どう見ても仲良くしましょうって雰囲気じゃねえな……やるしかないみたいだ!」
「そうね……やりましょうか、アフィンくん」
アタシはアサルトライフルを抜き、ウーダンに照準を合わせる。
そして引き金を引き、ウーダンを撃ちぬいた。アフィンくんもライフルを構え、攻撃する。
何回か弾を当てたところで、ウーダンは倒れてしまった。
「お、お前もレンジャーなんだなー」
「うん、おそろいね。敵、近づけないようにしないとよねえ」
「あはは、たしかに。……でも別に、おれは戦いたいってわけじゃないんだよなあ」
「え? ……まあ、アークスはいろんな惑星の調査とかもするらしいけれど」
「でも戦闘とかもしなきゃなんねーだろーよ。……まあ今も指令来てるし、先に進もうぜ」
アフィンくんはそう言って歩いていく。
アタシもその隣に並んだ。
「アフィンくんは、何かしたいことがあってアークスに志願したの?」
「ああ、人を探すために……な。だから、戦いのうまさとか試験の結果とかどうでもいいんだ。
そういうお前はどうなんだよ?」
「アタシは……ある人にすすめられて、なんとなくかしらん」
「……何だそれ」
「最初の話よ。今は少し、目的があるから」
アタシはアフィンくんに話す。
アフィンくんは首をかしげたが、互いにまだまだ隠してることはある。オタガイサマってやつだ。
……それにしても、この惑星は綺麗だ。
今まで感じたことのないものが、見たことのないものがいっぱいある。
描かれたものでもなく、作り物でもなく、確かにここにある。
……こういうものを見れるってだけでも、アークスになった甲斐はあるな。
そのとき。
耳に、けたたましいサイレン音が鳴る。
……緊急通信。
「な、何だ!?」
『管制よりアークス各員へ緊急連絡! 惑星ナベリウスにてコードD発令!
……空間浸食を観測、出現します!』
いきなりオペレーターさんから通信が入った。
そして、何か違和感を感じた。
顔を上げる。
目の前の地面、何もないところから、何か黒い生き物がわいて出てくる。
……さっき原生種にあった時よりもはっきりした恐怖が、あふれた。
「な、何だよこいつら……それに、なんか、まがまがしいフォトン……」
「……これ……」
あたしは、このフォトンの感じを知ってる。
昔……感じたことのあるものだ。
『全アークスへ通達!
最優先命令コードによる、ダーカーへの厳戒令が下されました!』
「こいつらが、ダーカー!? なんで……ナベリウスにはいないはずじゃ!」
……ダーカー。
そうだ、アタシは昔、ダーカーと出会ったことがある。
そして、こいつらは……!
「……アフィンくん、倒すわよ」
「え、ええ!? んな、無茶だ!」
「倒すの。……一掃はアタシたちには無理かもしれないけど、せめて逃げ道を作って突破することはできるはず」
……本当は、全部つぶしてやりたい。
でも、アタシにはまだそれだけの力はない。それにアフィンくんもいるんじゃ、気が気じゃない。
「……わかったよ。突破して、ほかのチームと合流するぞ!」
「ええ!」
アタシたちは武器を構えた。
ライフルは一撃一撃はそう強いものではない。攻撃範囲も広くはない。
だから、狙うなら各個撃破だ。
「アフィンくん、アタシと同じ敵を狙ってくれる!?」
「りょーかい!」
目の前の敵に弾を打ち込むが、相手は意外と装甲が固いようだ。
弱点はどこ? あたしは攻撃しながら目を凝らす。
「……アフィンくん、相手の赤くなってる部分を狙って! あそこ、装甲も柔いわ!」
「まじか!? やってみる!」
一体、二体と敵を撃ち落し、相手の横を抜ける隙ができたところでアタシたちは先へ走った。
……ダーカーが見えなくなったところで、アタシとアフィンくんは立ち止まり息を整える。
「はー……なんとかうまくいったな」
「でも、まだダーカーが出るかもしれないわよね……」
「……確かにな。でも、この辺にきっとほかのアークスが……あ!」
アフィンくんが顔を上げ、ブンブンと大きく手を振る。
アフィンくんの視線を追うと、そこにはほかのアークスらしき人影があった。
「おーい、無事かー! こっちは二人で……」
「……!」
また、背筋がざわつく。
それとほぼ同時だったか、振り返った試験生の背後にさっきのダーカーが現れる。
アタシは武器を抜こうとしたが、間に合わない。ダーカーの爪が、その試験生の体を貫いた。
「なっ……!」
「う、うそ……!」
試験生の体が、地面に崩れ落ちる。
……フラッシュバック。
二度と思い出したくなかった、『あの時』のことが。
……アタシの目の前で誰かが死ぬところなんか、二度と見たくなかったのに……!!
……また、ダーカーたちが次々と現れ、こちらへにじり寄ってくる。
さっきよりも多い? ……これ以上、相手にするのは無理だ……。
それに、アタシの体、震えて動かない……!
「な……なんでこんなにたくさん来るんだよ……!
何が目的なんだよ、お前らっ!」
そのとき。
銃声があたりに響く。
目の前にいたダーカーたちが吹っ飛び、消えていった。
「え、なに……?」
「……いや、恐ろしいぐらいドンピシャだったな。
おい、お前ら大丈夫か!」
後ろから声がかけられる。
アタシは驚いて振り向いた。
……そこにいたのは、赤い髪、赤い服……正規のアークスだった。
手には銃剣を持っている。このひとが、アタシたちを助けてくれたの?
……か、かっこいい……!!
「正規のアークス……! 救援に来てくれたんですね!
助かったぞ、相棒!」
「あ、あー……うん、なんつーか、思ったより数がいるな。
正直すっげえ予想外」
「……え? 先輩、あの、助けに来てくれたんじゃ」
アフィンくんが慌ててそのひとに尋ねる。
「おう、だから今、助けの助けを呼んどいた。
合流地点はこの先だから、突っ切るぞ?」
「はい! わかりましたー!」
「おい! っていうか、おれたちも戦うんですか!?」
「アークスだから当然だろ?」
「わかっていますお任せ下さい! シャル頑張りまーすっ☆」
「相棒お前なんかさっきとテンション違う!! うわ頬ゆるんでる!!」
こんな素敵な人が助けに来てくれるなんて……そりゃあテンションも上がるってものよ!
ダーカーなんて怖くない! あ、別にアフィンくんが頼りないってわけじゃないわよ?
「はは、お前初陣にしては肝が据わってるな。なかなか見どころが……ん?」
「どうしましたかー先輩?」
「いや、その顔……どっかで見たことがあるような」
先輩はアタシの顔をじっと見つめてきた。
やだ、恥ずかしい。こんな素敵な人に見詰められるとかすごく恥ずかしい。あっこの人すごく綺麗な目してるわ……
アフィンくんが苦笑いしているが気にならない。
「……まあ、考えるのはあとでいいか。それじゃ行くぜ、ルーキーども」
「うう、なんでこんなことに……」
「そう悲観するなよルーキー。安心しとけって、二人とも俺が守ってやるからよ」
「お、お願いしますっ!」
あたしは叫びそうなのをこらえていう。
先輩は「よし」とうなずいて、先に進んでいった。
アタシもスキップでそれを追いかける。
「……相棒、なんかさっきからテンションおかしいぞお前」
「……絵本の王子さまは本当にいたのね……」
「おい、頭までいろいろおかしくなってねーか、王子さまってお前」
「何が? ……あっ、ダーカーがまた!」
「よし、片づけるぞ!」
先輩が剣を構え、アタシたちもライフルを構える。
ダーカーはどんどん、文字通り湧いて出てきている。
……先輩のお役に立たなくっちゃ!
先輩がソードで、次々と敵に切りかかる。
先輩が前に立ってくれているおかげで、アタシとアフィンくんは後ろからの射撃に徹することができた。
どんどん、敵が倒れていく。敵がある程度いなくなったら、また湧いてくる前に先へ進む。
それを繰り返して、合流地点へと近づいていく。
「……うわ、ここにもいっぱいいる!」
もう少しで合流地点、というところでアタシたちは立ち止まる。
今まで出てきた数よりもさらに多い数のダーカーがいた。
「いちいちうっせーなあ。道中含めりゃ持っといただろうが」
「うう……」
「で、頃合い的にはそろそろなんだが……また遅刻みたいだな、あいつ。
すまんなルーキー、助けを呼んでおいたはずなんだが、どうもそいつが遅刻してるみたいだ」
「えええ!」
ま、まだ帰還できないの……? アタシも少し、不安になる。
でもそんな感情、見せたくない! 情けないところなんて、見せたくないのっ!
アタシ、頑張るんだからっ!
「……っと。やっと連絡が来た」
先輩が、耳に手を当てる。どうやら通信が入ったらしい。
通信の相手と、何か会話をする。
「……なるほど。要するに、このあたりのダーカーをやっちまえば脱出できるってわけか。
大丈夫だ、このルーキーたちは結構な腕だぜ」
「ほ、褒められた……!」
「相棒お前ホント落ち着け」
「……さてルーキー、最後の仕上げだ。ここいらのやつらをぶち倒しておしまいにするぞ」
先輩がこっちを見て話す。
……そして、すぐにダーカーを見据えた。
「奥の手、行くぜ!」
先輩が声を上げる。
するといきなり、目の前にフォトンが集まり、獣の形になった。
獣がダーカーたちに体当たりし、雷を走らせる。その一瞬で、ダーカーたちは吹き飛んで消えてしまった。
「……きゃ――――――!! 先輩かっこいいいいいい!!」
「相棒お前うるさい! 落ち着け!?」
「よし、道開いた! 走れ!」
先輩の後を追うと、そこにはテレポーターがあった。
やっと帰還できる……よかった。
「あー、なんとか生き延びたー……」
「そうね、本当になんとか……」
―たすけて―
……え?
今、一瞬声が聞こえた。
でも、どこから?
「相棒?」
「……何でもないわ」
キャンプシップに入ると、ニューマンのステキな人が待っていた。
金色の髪をツインテールにしている。
「はい、おかえりなさい。あなたたち大丈夫? 怪我してない?」
「おいおい、俺がついてたんだぜ? そんなへまさせっか」
「だから心配なんじゃない。ごめんね、無茶ばっかさせられたと思うけど、もう大丈夫だからね」
「お前な……」
「アタシは平気ですっ!」
「相棒お前ホント落ち着け。……というか、先輩。この人はどなたなんです? ……先輩の名前も、聞いてなかったような」
アフィンくんの言葉に、アタシはハッとする。そうだ、先輩の名前まだ聞いてない! ……でも素敵な名前なんだろうなあ。
「ちょっと、ゼノ。自己紹介もしてなかったの?」
「あー、そういや忘れてた。すまんすまん、なんだか俺のことを知っている気がしてな……。
改めて、俺はゼノっていうんだ。こっちのうるさいのがエコー」
「よろしくね、あとうるさくないから」
ゼノさん……あたしは先輩の名前を心の中でつぶやく。
ゼノさん、ゼノさん、ゼノさん。素敵な名前だ。
「あ、おれアフィンって言います」
「アタシの名前はシャルです! ゼノさん、本当にありがとうございますー!」
お前な、とアフィンくんがあたしの頭をぎゅうぎゅうと押さえつける。
ちょっと、縮む縮む。せっかくここ数年で背が伸びたのに縮んじゃう。
「……あの、おれたち、アークスになったばっかで何が何だかわからなくて」
「いいんだよ、細かいことは考えなくて。そういうのは上の仕事、あるいは自分で調べろ。
さっき出てきたのがダーカーで、おれたちアークスの不倶戴天の敵。俺から言えるのはそのくらいだ。
……ま、変な夢抱いたままじゃなくて、いきなり現実を知ることができて逆に良かったんじゃないか」
「ちょっと、ゼノ」
エコーさんがゼノさんの腕を引っ張る。
「少しは考えなさいよ。この子たち、いきなりの実戦でショックを受けてるのよ」
「どっちにしろダーカーと戦うって現実は変わらないだろ。
なら、早めに知っておいたほうがいいさ。そのほうが長生きできるからな。
……そんな辛気臭い顔するな。お前らは生きてる。修了任務達成、万々歳じゃねえか」
「でも、おれたち以外の試験生が目の前で……」
アフィンくんの言葉で、またあの時の光景が頭をよぎる。
……そうだ、それは確かに事実だ。アタシたちが生きてても、人が死んでいったのは……
「……それこそアークスにはつきものだよ。
ほら、胸を張れ。志半ばで倒れたやつらのためにもな」
「……はい」
アフィンくんがゆっくりとうなずく。
ゼノさんはそれを見て微笑んだ。(あ、素敵だ)
「そう、それでいいぜ、アフィン。納得できなくても、うなずく気力があれば大抵のことは何とかなるさ。
その悔しさを忘れるな。諦めるな。忘れず、諦めずにいれば、いつかきっと、何とかなる」
……あああ、やっぱかっこいいゼノさんかっこいい。
アタシはアフィンくんの後ろで悶えそうになる。……アフィンくんがちらっとこっちを見た気がしたけどどうしたのかしら。
「かっこいいこと言ってるように聞こえるかもだけど、今の、完全に受け売りだからね」
「おいエコー、ばらすな! いいんだよ、師匠の言葉は俺の言葉だ」
「格言を勝手に作らないの! ほら、もうすぐアークスシップにつくわよ」
これが、アタシの始まり。