「つっまんない」
何もない世界で、『彼』が吐き捨てる。
『もう一人』はそれを一瞥して、すぐに視線を逸らした。
「ヒマ、退屈、飽きた、死にそう!
こう退屈になると、ここに引き込んだあんたを恨みたくなるわ」
「……ざまみろです」
『もう一人』が鼻で笑い、『彼』はにらみつけた。
『彼』もはん、と鼻で笑う。
「そーおーはーゆーけどー? あんただって退屈してんじゃないの?」
「別にー退屈してませんよぅー? 貴方と違ってオレは気が短くありませんしぃー?」
「下等生物のくせに生意気……あ、間違えた、生物ですらなかったわね!」
『彼』がそういったのを聞いた『もう一人』は、『彼』の足元に蹴りを入れる。
『彼』は得意そうにほほ笑んだままそれをよけた。
「ふん、アンタからかうのだけは唯一この世界で楽しいことだわ」
「ああ、もううるさいのです……「あれ」はあなたの退屈を紛らわせるのに十分ではないのです?」
「「あれ」も飽きたわよ。
おんなじ本を何度も読んだら内容覚えちゃうじゃない。
ここにあるのはアタシとあんた、幻の紅茶とお茶菓子、それとあの物語。最初は楽しかったけどねえ」
彼らの周囲には何もない。
地面も空も真っ白で、それらを遮るものはない。彼ら以外に何かがいる気配もない。
ずっと遠くに地平線が見えるだけ。果てがあるかもわからない。
「少しずつ変わってくれれば、間違い探しみたいで楽しいんだけどね」
「……あなたは、他人の物語を、人生を、何だと思っているんですか」
『もう一人』が冷たい声でつぶやく。
それを聞いて、『彼』はきゃはは、と高い声で笑った。
「アタシにそういうこと聞く? 答えは決まってるじゃない、人間の生み出すもの、経験したもの、アタシには何の価値もない意味もない取るに足らないもの。どうせいなくなる存在でしょ?
……「あれ」だってそうよ。いくら「あれ」がアタシの大好きな存在になる可能性があるとしても……どうせいなくなる。神も世界も永遠なんてありえない……アタシ自身もね」
「……人外の思考回路は理解できません」
「人外に言われたくないわ、死ぬために生まれたヒトモドキが」
『彼』がそういうと、『もう一人』はまたとっさに『彼』に駆け寄り、『彼』を突き飛ばした。
しかし『彼』は倒れる前にすぐさま身をよじらせ片手を地面につくと、思い切り足を伸ばして『もう一人』を蹴り飛ばす。『もう一人』はそれを避けられず、腹をけられて吹き飛ばされ、地面に倒れた。
「……あ、あただ……」
「ふん、近接戦闘でアタシに挑むのがいけないのよざまあみなさい!
……っと、あら?」
『彼』はふと顔を上げる。
何もなかったはずの空に、キラキラとまばゆい光が輝いていた。
「あらあらあらあら、また上演会なの?」
「……そうみたいなのです」
「飽きちゃったし、何回も見るほどの価値もない気がするんだけど……仕方ないわね、そんなに見てほしいんなら見てあげましょうか」
『彼』はふん、と鼻を鳴らす。
『もう一人』は『彼』に呆れたようににため息をついた。
「……少しはアタシを楽しませてほしいわね?」
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